初めてイヤミスを選ぶなら『告白』です。事件を語る人の言い分が、語り手が替わるたびに少しずつ変わっていく。一編ずつ人間の駆け引きを楽しみたいなら『婚活中毒』。殺人の謎より、家族の見え方が揺らぐ話が読みたい人には『春にして君を離れ』。
この記事の目次
まずは代表7冊から、聴きたい後味を選ぶ
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『告白』『贖罪』『聖母』『黒い家』では、子どもの死を扱います。特に『聖母』には幼児への性的暴行も出てくるため、この題材を避けたいときは紹介を読んでから選んでください。
日本語版の朗読者と長さを比べる
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人の言い分と、近しい相手の知らない顔を聴く
告白
著者:湊かなえ
娘を校内で亡くした中学校の教師が、ホームルームで事件について話し始めます。娘の死は事故ではなく、このクラスの生徒に殺されたのだ、と。教師の話に続き、生徒や家族へ語り手が替わると、同じ事件の見え方も変わっていきます。
橋本愛さん一人の朗読で、立場の違う人たちの語りを聴く版です。自分の事情を説明しているはずの言葉に、別の人の話が重なると違う意味が見えてくる。誰か一人の話だけでは捉えきれない事件を追いたいとき、最初の一冊に勧めます。
リバース
著者:湊かなえ
会社員の深瀬和久は、コーヒーを淹れるのが趣味。行きつけの店で美穂子と知り合い、交際を始めます。平穏な暮らしに幸せを感じ始めたころ、美穂子のもとへ、深瀬を人殺しだと告発する文書が届きます。
深瀬には、大学時代の旅行で親友の広沢を亡くした過去がありました。その死をめぐり、ゼミの仲間と共有してきた秘密があります。誰が、なぜ今になって告発したのか。旅行先で何が起きたのかという疑問に、自分は広沢をどれだけ理解していたのかという疑問が重なります。
『告白』では、教師、生徒、家族と語り手が替わります。『リバース』では、深瀬と一緒に、親しかったはずの広沢を知り直していきます。友人の知らなかった顔が気になるなら、こちらを勧めます。朗読は藤原竜也さんです。
藤原さんは、2017年のドラマでも深瀬を演じています。ドラマで深瀬を見ていた人は、同じ俳優が小説全体を読む形で物語に触れられます。
俳優の声に強いイメージを持っている人には、最初にプレビューを聴くのがおすすめです。

贖罪
著者:湊かなえ
大人になった4人の女性が、子どもの頃の事件と、その後の自分の人生を語っていきます。共通するのは、小学生のとき、一緒に遊んでいたエミリを殺人事件で失ったことです。
少女たちはエミリを連れ去った男と会っていたのに、顔を思い出せませんでした。エミリの母・麻子に償いを求められた言葉が、4人に残ります。事件から年月がたっても、あの日にどう振る舞ったかを忘れられない。別々に暮らす4人の語りから、幼い頃の出来事が人生にどう関わっているかをたどる小説です。
4人の語りを重ねることで、同じ事件の受け止め方や、その後の生き方の違いが分かる構成を楽しんだという感想があります。一方で、子どもが被害を受けたことや、生き残った人が抱える苦しみを読むのがつらいという人もいます。
4人のうち、真紀は事件の後、小学校教師になった女性です。エミリを助けられなかった後悔が、子どもを守らなければという強い思いにつながっています。朗読する小池栄子さんは、周囲から「しっかりしている」と見られようとする真紀の姿にも注目しています。4人に続いて、償いを求めた麻子自身の語りもあります。
小池さんは、2012年のWOWOWドラマで真紀を演じました。音声版では、そうした別々の立場からの言葉を一人で読みます。その際は、人物を演じる意識や、自分の解釈をできるだけ抑えるようにしたといいます。聴いている人が自分で感じ取る余地を残すためです。一人の役を映像で演じた俳優が、今度は立場の違う人たちの独白を読む。ドラマを見た人にとっても、人物の言葉を比べながら物語に入り直せる音声版です。
私は、聴き終わった後の読後感のようなものは、不思議と悪くなかったです。
Nのために
著者:湊かなえ
高層マンションで野口夫妻の遺体が見つかり、その場にいた20代の男女4人が事情を聞かれます。最初に話すのは22歳の大学生・杉下希美。彼女の語りは、夫妻とどう知り合い、親しくなったかという思い出から始まります。
希美は、同じアパートに住んでいた友人の安藤と石垣島へ旅行し、ダイビングで野口夫妻に出会いました。共通の趣味である将棋が縁になり、東京へ戻ってからもマンションに招かれるようになります。安藤は夫と同じ会社に就職し、希美は妻の奈央子と買い物や食事に出かけるほどの仲に。裕福な暮らしを送る夫妻は、二人にとって憧れの存在でした。
ところが、奈央子からの誘いが途絶え、携帯電話もつながらなくなります。心配した希美は安藤を誘って見舞いに向かいます。親しく付き合っていた相手の暮らしに、自分の知らなかったことがある。そんな不安を抱かせながら、希美の証言は事件へ近づいていきます。
ほかの人物の語りも重なり、それぞれが大切にしている「N」と、相手を思ってしたことが見えてくる構成です。登場人物の関係をつかみにくく感じながらも、複数の語りがつながる面白さを評価した感想があります。誰が何をしたかだけでなく、誰を大切に思い、相手の気持ちをどう受け止めていたのか。事件に関わる人たちの気持ちをたどりたいときに聴きたい一冊です。

家族や頼れる相手との距離が気になるとき
母性
著者:湊かなえ
物語は、女子高校生が自宅のある建物の中庭で倒れていたという出来事から始まります。母の手記と娘の回想を重ねながら、家族の過去をたどる小説です。二人が語る過去には、家族の暮らしを変えた11年前の台風の日があります。
「母の手記」の始まりでは、娘を大切に育ててきたと語る母親が、神父にその理由を尋ねられます。なぜそうしたのか、すぐには答えられない。神父からもらったノートに書きながら、自分と娘のことを振り返っていきます。
この母親自身も、幼い頃から自分の母に、なぜ褒めてくれるのかと何度も尋ねていました。答えを知らないからではなく、愛されていると確かめたかったのです。娘への愛情を説明しようとする人が、まず自分が愛されてきた記憶を語る。その順番に、母である前に娘でもある人の姿が表れます。
手記は、夫になる男性と絵画教室で知り合った頃にもさかのぼります。同じ題材を描いても、自分と彼では色や見方が違う。彼の絵を暗いと感じるのに、ほかの生徒は褒めています。相手が見ているものを、自分も同じように見ているとは限らない。その違いが、夫婦の出会いの場面にも出てきます。
朗読を担当する戸田恵梨香さんは、2022年の映画で母親を演じています。今回の朗読では、最初はナレーションのように読んでいたものの、芝居を意識して読むことにしたと話しています。
映画で演じていたときには違和感がなかった母親も、役から離れて客観的に見ると理解しきれない女性だと感じたそうです。映画では母親の側に立っていた俳優が、音声版では娘の回想も読みます。母が説明する家族の姿と、娘が覚えている家族の姿。両方の言葉を同じ朗読者の声で聴き、どこですれ違っているのかを考えられる作品です。
聖母
著者:秋吉理香子
子どもを守りたい気持ちと、すぐそばに迫る事件を描いた心理小説です。幼稚園児が殺されたと知った母親が、自分の娘も狙われるのではないかと恐れる。捜査が進むまで待つしかない母親の焦りも描かれます。
幼児の殺害と性的暴行を扱うため、この題材を避けたい日には向きません。
終盤を聴いて、題名の意味を考え直しました。もう一度聴きたくなった作品です。答えを知って終わるのではなく、母親の言葉や行動を振り返りたくなります。
悪いものが、来ませんように
著者:芦沢央
不妊と夫の浮気に悩む紗英と、育児に悩む奈津子。紗英は助産院の事務を務めていますが、自分の悩みは誰にも相談できません。奈津子も母や夫と分かり合えずにいます。紗英にとって奈津子は、子どもの頃から近しい存在。二人は互いを心の支えにしています。
紗英と奈津子の暮らしを描く文章の間に、二人についての証言が入ります。本人の悩みを追うだけでなく、別の人からどう見られているのかも読み合わせていく構成です。場面と証言を行き来するため、人物や出来事の関係をつかみにくいという人もいます。
暗さや重さへの指摘もあり、家庭の悩みから気分を離したい日にはこたえるかもしれません。

春にして君を離れ
著者:アガサ・クリスティー
砂漠の休憩所で、自分の家庭を思い返すジョーン。娘を見舞い、バクダードからイギリスへ帰る旅の途中です。夫と3人の子どもに恵まれたはずなのに、帰路で出会った友人の言葉をきっかけに、これまでの家族との関係が気になり始めます。
振り返るのは、夫や子どもとのやり取りです。よい妻、よい母として暮らしてきたつもりの自分を、家族はどう見ていたのか。何気ない記憶が、家族をよく知っているという自信を揺さぶる心理小説を、田島令子さんの朗読で聴けます。

短編集で、嫌な後味を一編ずつ楽しむ
婚活中毒
著者:秋吉理香子
幸せになるために結婚相手を探しているのに、相手を疑う気持ちが膨らんでいく。結婚相談所や街コン、親による婚活など、出会いの場で起きる四つの話を収めています。
第1編「理想の男」で、沙織は結婚相談所から杉下を紹介されます。容姿も人柄も収入もいい。それでも何かあるのではと感じ、以前彼を紹介された女性たちを訪ねます。好条件を喜ぶだけではいられない沙織の疑いが、どこへ進むのか。人を見る目や、結婚に求めるものをめぐる怖さを一編ずつ楽しめます。
「婚活マニュアル」では、手順を頼りにする男性が、街コンで出会った女性の振る舞いに戸惑います。「代理婚活」で嘘を重ねるのは、見合い相手の母親に会いたい父親です。結婚相手を探している本人だけでなく、親の思惑まで入り込んでくる。出会いの場が変わるたびに、相手を疑う人、目当ての相手に近づこうとする人の思いが違った形で表れます。

汚れた手をそこで拭かない
著者:芦沢央
「忘却」で夫を不安にさせるのは、隣家あてに誤配された電気代の督促状です。認知症の妻が、その手紙を返し忘れていました。隣人が熱中症で亡くなったと聞き、督促状が届かなかったために電気が止まったのなら、自分たちにも責任があるのではないかと考え始めます。
ほかにも、学校のプールの水を流してしまった教師や、元恋人に成功した姿を見せたい料理研究家が登場します。映画を撮り終えようとする監督のもとで、主演俳優の薬物使用疑惑が持ち上がる話もあります。ようやく形になった仕事や、今ある暮らしを失いたくない。その気持ちが、目の前の問題にどう対処するかを左右していきます。
5編に共通して関わるのは、お金です。電気代の督促状のように、普段なら重大な事件に結び付くとは思わないものから不安が広がります。認知症の妻を傷つけたくない夫、平穏に夏休みを終えたい教師。それぞれの事情は身近でも、自分や大切な人を守るつもりの判断が、事態を悪くしてしまう怖さがあります。

儚い羊たちの祝宴
著者:米澤穂信
お嬢様たちの読書サークル「バベルの会」が関わる連作です。最初の「身内に不幸がありまして」では、5歳で丹山家に引き取られた村里夕日が、吹子お嬢様との出会いを振り返ります。夕日にとって、名前を褒め、手を差し出してくれた吹子は、何より大切な人でした。
その夕日が、手記を知られることや、吹子を危険にさらすことを恐れています。大切な人と出会った記憶に、いま抱えている不安が重なる。吹子を大事に思う夕日の言葉が、なぜこれほど切迫しているのか、続きを確かめたくなる始まりです。

理解しがたい相手や、強い悪意を追う
微笑む人
著者:貫井徳郎
妻子を殺した銀行員、仁藤俊実。自宅で本を置く場所が足りなくなったという彼の説明に、小説家の語り手が向き合います。なぜそんな理由で家族を殺せるのか。語り手は事件をノンフィクションにまとめようと、仁藤を知る人々への取材を始めます。
物語の冒頭で語られるのは、母子が川で溺れた現場です。駆けつけた救急隊員の君島は、母親のそばで人工呼吸をしていた男性から処置を引き継ぎます。男性は頭からずぶ濡れなのに取り乱さず、助かるかどうかを尋ねることもありません。その静けさが、君島の記憶に残りました。
語り手が後に君島からこの話を聞き取ることで、現場の様子が読者にも伝わる、という書き方です。拘置所で面会した仁藤も、知的な話し方をし、穏やかにほほ笑みます。妻子を殺した人物と、目の前にいる静かな人。その隔たりが、供述以外の事情を知りたいという関心につながっていきます。
架空の事件を、取材記録のように読む小説です。関係者の言葉を手がかりに人物像を探る構成を面白く感じた感想がある一方で、証言中心の進み方は合わないという人もいます。人の話を集めれば、その人を理解できるのか。事件の謎に加えて、自分は身近な人をどこまで分かっているのかが気になる一冊です。

嗤う淑女
著者:中山七里
恭子にとって、美智留は命の恩人です。中学時代、いじめと病気で追い詰められた自分を救ってくれた従姉妹に、恭子は強く憧れています。ところが、成長した美智留は、人々の金や名誉への欲望を利用して人生を狂わせていきます。
自分を救ってくれた人が、ほかの誰かを追い詰めていく。恭子の憧れと、美智留が周囲にもたらす悲劇が重なる関係に、怖さがある犯罪小説です。

黒い家
著者:貴志祐介
生命保険会社で支払い査定をする若槻慎二は、顧客の家に呼び出され、子どもの遺体の第一発見者になってしまいます。その後、死亡保険金が請求されますが、顧客の態度に不審なものを感じた若槻は、独自に調べ始めます。
保険会社のいつもの仕事だったはずが、身の危険を感じる調査へ変わっていく。その怖さを長く味わうホラー小説です。この一覧では、家族や友人の言い分を追う作品より、強い恐怖を求める日に勧めます。
イヤミスを耳で聴くときは、人の切り替わりで区切る
同じ事件を何人もが語る本では、「何が起きたか」と同じくらい「いま誰が話しているか」が大事です。『告白』や『Nのために』なら、語り手が替わるところで区切ると、続きに戻りやすくなります。
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